やれることにやれないことを知らずにデスロードを完走することは出来ない

こんばんは。The Dawnのベーシスト、オガサワラです。
マッド・マックス怒りのデスロードという映画を皆さんはみたことがありますか?今年6月に公開されてから物凄い人気で飛ぶ鳥を落とす勢い。ここまで人々を夢中にさせるマッド・マックスとは一体どれほど面白いのだろうということで配信が開始されてからレンタル視聴してみました。

結論からいうと非常に満足です。いや~、とても面白かった。

そんなこんなで、今回は映画の感想とかそういうのではなく、映画をみて考えさせられたことがあるのでネタバレは最小限に抑えつつ日記として書き残しておきたいと思います。

では早速、僕が考えさせられたというシーンなのですが、マッド・マックス怒りのデスロードの主人公であるマックスがライフルで敵を狙撃しようと試みるシーンです。
マックスは、なんでも小器用にこなすしチート級ではないにしても主人公補正ともいえる能力値の高さを持っています。しかし、狙撃に関しては今作のヒロインの方が精度が高いのです。この事実を踏まえ、いざライフルによる狙撃が必要になるシーン、最初マックスは自らライフルを構え狙撃を行いました。ですが、自分の手に余る仕事だと判断したマックスはヒロインにライフルを渡しライフルを固定する台として自分の肩を貸します。このシーンを見た時に僕はマックスは自分自身を良く知っていて尚且つ素直で合理的な人間だと、非常に感銘を受け。素直に自分もこういう人間で在りたいと思えました。変な意地を張るよりも、仕事に対して自分よりも適任だと思う人間がいるのならその人間に仕事を明け渡せばいいし、どんどん仕事を振ればいい。映画の中に限らず現実の世界でも同じだなーと。
“なんでも自分でやろうとして他人に任せること、頼ることが出来ない、自分の悪い癖を振り返りみて、自分にやれることにやれないこと、それらを知り、時には人に頼るということも覚えなくては、現実という過酷なデスロードを完走することは出来ないのかも知れない…”
なんて中二的な台詞を思いついたので日記にしてみた訳です。

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